ワークショップ「複雑系ゆらぎデータの分析と制御:脳から社会まで」

この一カ月あまり、いろいろと急ぎの用事が入り、ブログを更新するのをすっかりさぼってしまい、申し訳ありません。
 10月27日と28日、明治大駿河台校舎にて、ワークショップを開催しました。両日とも50名以上の方が参加し、極めて幅広い話題に対して、質疑応答もいろいろとあり、主催者として期待以上の盛り上がりでほっとしています。
 私なりの印象に基づいた報告なりますが、下記のような内容でした。(敬称は省かせていただきます)。
清野健:心拍の間隔のゆらぎに関するこれまでの研究のレビューと、これから巨大な心拍データベースが構築される計画などを含めて、わかりやすい話をしていただきました。心臓自体はゆらぎを生み出さず、体の状態を把握した上での脳からの制御が心拍ゆらぎを作り出しているということから、心拍のゆらぎを観測することで、体の状態を知ることができることに大きな可能性を感じました。
武者利光:簡単にマルチチャンネルで脳波を観測できる装置を開発し、アルツハイマーなどの病状が定量的に評価できるようになり、臨床での利用も広がっているという最先端の成果の報告でした。基本的な着想は、脳波のゆらぎのパターンに見られる空間的な局在の程度を定量化することで、アルツハイマー病によって脳の一部の活動が低下している状態を定量化するという方法で、最近は、うつ病などの状態も識別できるようになってきているとのことでした。数分間、目を閉じて脳波を計測するだけで脳の健康状態が診断できるようになる近未来像を描くことができます。
矢野和男:精密な加速度計や赤外線センサーなどを付けたネームタグを付けているだけで、その人の状態だけでなく、職場での人間関係のネットワーク構造をデータ解析から読み取る技術を開発した“ビジネス顕微鏡”のレビューをしていただきました。これまで、勘と経験だけでしか評価されてこなかった職場の人間関係を観測データに基づくデータから科学的に制御しようという夢のような狙いが、ビジネス的にも回りだし、急成長しながら、データの蓄積が進んでいるとのこと、このデータは匿名化して研究者向けに公開されているので、さらに、様々なことがデータから読み取れるようになる可能性を秘めています。
金坂秀雄:職場での人間関係ネットワークの改善の試みとして、苦情処理などを行っているテレフォンセンターでの事例を紹介していただきました。キーになる人の職場での立場を変えることで全体的な効率が向上されることが示され、人間ネットワークの大切さが企業にとって重要な意味を持つことが改めてアピールされました。
山田健太:膨大な量になる日本中のブログの書き込みデータを分析し、日常的に表れる単語の出現頻度の観測から、次第に、ブームが形成される単語、ニュースなどで突然注目され、次第に忘れられていく単語などの基本的な統計性をデータから明らかにし、さらに、数理モデルによって、これらの特性を全て再現することができるようになっている研究の最先端の話題を紹介していただきました。数理モデルが構築されれば、予測や制御という次の段階の研究成果も自然に期待でき、アカデミックにもビジネス的にも大きなインパクトを与える予感をさせる内容でした。
小泉周:目の錯覚の話から入り、網膜を構成する細胞の詳細な構造やつながりの観測に関する最新の情報、さらに、神経細胞の構造やネットワークが目の錯覚にもつながるいろいろな機能を生み出していることをわかりやすくレビューしていただきました。網膜上の特定の速度を持った光の動きを検出するような高レベルの機能が、脳の処理なしで神経細胞のネットワークだけから生み出されているという事実は、生命の巧みさを改めて感じさせるものでした。
藤本眞克:アインシュタインが予言し、未だに直接的な観測ができていない重力波を検出するための実験施設の現状を紹介していただきました。超新星の爆発レベルの巨大なイベントであっても、地球で観測される重力波のゆらぎは極めて微量になるので、考えられるあらゆるゆらぎ要因を取り除き、従来の常識だった量子力学の限界を超えるような観測技術が完成しつつあり、アインシュタインの予言からちょうど100年後になる2015年には直接観測ができるようになる見込み、ということでした。
高安美佐子:コンビニのレジでおなじみのバーコードによる販売記録であるPOSデータの時系列を分析することによって、潜在的な客をどれくらい逃しているか、など、直接的にはデータに表れない量を推定し、販売戦略を向上できることが報告されました。また、企業の取引ネットワーク構造が企業の売り上げや成長率とかなり強い関係を持つことが膨大な取引関係のデータから導かれるということもわかってきたとのこと。これまでの経済学では漠然と企業の活動を捉えていたのに対し、定量的な数理モデルによる企業の記述ができるようになってきたとのことです。
久保田創:本の売り上げがベキ分布に従うような大きな裾野を持つことを考慮したような出版社の経営戦略を数理モデルに基づいて考える意欲的で実践的な研究の提案をしていただきました。大ヒットがあってもその後低利益が持続する可能性があるような業種の企業の経営を科学的に合理化できる可能性が見えてきました。
前野義晴:マクロ的に見た伝染病の感染の様子を数理モデル化し、シミュレーションによってパンデミックリスクを予測できる可能性が紹介されました。どのような対策をとれば伝染病が爆発的に拡散するのを抑制できるのかに迫ることができれば、社会に大きな寄与ができるようになると期待されます。
木下幹康:原子力発電所の事故の規模が正規分布よりもずっとすそのの大きなベキ分布に近い分布に従うことを理解するための基本的な数理モデルを提案しています。従来の独立に事象が発生するモデルでは正規分布に従う現象しか説明できず、被害を過小評価しがちですが、不具合の発生に相関を考慮することで実際の現象に迫ることが可能になり、リスクを正しく評価できるようになることが期待されます。
佐藤彰洋:ホテルや旅館などの予約サイトの状況をクローリングで観測し、宿泊の予約がどれくらいの時期にどのような地域でどのような価格帯から埋まっていくのかを定量的に分析をしています。3月の大震災後しばらくの間は、極めて異常な振る舞いをしましたが、それが次第に正常な状態に戻る様子も観測されています。
家富洋:政府が公開している国内の産業ごとの月次でのお金の流れに関するデータを、新しい方法で分析した結果を報告して下さいました。このようなデータでは、どこまでをノイズとみなせるのか、それをどのように除去するのか、ということが重要なテーマになりますが、ここでは、ランダム行列と比較し、そこから突出した成分をシグナルとして、取り出し、ランダム行列に埋もれるレベルのゆらぎをノイズとして捨てるという新しい方法を提案しています。
大西立顕:為替市場の詳細なデータを分析し、変動が定常とみなせるかどうか、を丁寧に検定し、金融市場は、数日間に一度程度の平均値を持つようなランダムなタイミングで定常とはみなせないような変動が発生していることを明らかにしています。また、価格の上がり下がりの統計性を網羅的に連検定によって調べ、市場が乱れている時期には、短い時間スケールで上がり下がりが有意に持続しやすくなる性質があることを報告しています。
植之原雄二:物質の熱拡散を記述する基本的な方程式であるボルツマン方程式の定式化に基づいて、金融市場の価格変動の数理モデルを構築し、データによってパラメータフィッティングをすることで、オプション価格を高速で計算できるようなシステムを開発した話をしてくださいました。通常の金融工学では考慮しないようなボルツマン方程式の衝突項を考慮することで、現実の現象をうまく記述できるようになるとのことでした。
谷博之シンガポールヘッジファンドを運営している視点から、現在の金融市場の問題を話していただきました。特に、注目したのは、ほんの数分間で市場価格が大きく変動するフラッシュクラッシュとよばれる現象で、コンピュータの自動売買のアルゴリズムが大きくかかわっている様子を詳しく解説していただきました。

全体を通して、質疑応答も盛んで、いろいろな話題を楽しむことができ、新たな人との出会いもあり、とても有意義だったと思います。
また、機会があれば、同様の企画をしたいと思います。