国債起因の金融危機を回避する方法:複合通貨システム

 昨日の記事にも書いたように、多くの国の借金が増加し続け、その量がしだいに臨界点に近付いているようだ。日経BPから出ている『国家は破綻する』という分厚いしっかりした本も勉強中であるが(この本は過去の事例を丁寧に冷静に記述しており、非常に科学的である)、過去800年の歴史を振り返っても、債務が膨れ上がった国はいずれも悲劇的な方向に進んだという。しかし、”今回はちがうシンドローム”とよぶべき集団心理が働き、危機の発生までは楽観的な意見が多数になっている傾向があるという。科学者の責務は、多数の意見に流されずに、本当のことを明らかにし、可能ならば正しい道筋を示すこと、だと私は思っているので、最近は”やるべきこと”が雪だるま式に膨れ上がってきている。
 昨日も紹介した山崎養世氏は本の中で、金融津波を回避する方法として、次の4つを挙げている。
1:為替が今後強くなる国(カナダ、オーストラリアなど)の低リスク資産に移す。
2:金融資産に失望したら金へ。
3:商品(石油や穀物など)を買う。
4:トレーダーのように国債で相場を張る(値下がりを予想して空売りするなど)。
山崎氏は金融の専門家なので、金融資産をどのようにリスク分散すべきか、という立場からの議論であり、リスクから逃れようとする金融市場の動きとしては合理的だと思う。津波が来たらとにかく高い所に逃げろ、というような行動指針である。
 私が今、考えを進めているのは、これとは全く別の視点に立ち、実体経済にも関わる本質的なシステムの変換にもつながる方法である。それは、私が10年ほど前に考えていたバスケット型の電子的企業通貨システム(複合通貨ともよぶ)の具体化である。
 多国籍企業が持っている複数の国の金融資産をひとまとめにして、既存通貨に重みを付けた和としてバスケット型の企業通貨を定義し、まずはそれを企業内の会計基準とし、最終的には、実際に使える電子通貨にまでしようというスケールの大きな話を考える(拙著、『エコノフィジックス 市場に潜む物理法則』の中でも紹介しています)。バスケット通貨の重みを、所有している資産価値の割合に比例するようにしておけば、ある種の不動点定理が働き、為替レートがどのように変化しても、バスケット通貨で測る資産価値は不変となることが証明できる。また、この新しい通貨システムは、既存の通貨システムと共存でき、企業が独自に始めることができる。以前話を展開した時には、ソニーの上層部の方や日銀の理事の方などにもかなり強い関心を示す人がおり、また、当時話題になっていたアジア共通通貨の経済産業省プランの中に取り入れてもらえるなど、「わかる人にはわかってもらえた」、という実感は持てたものの、実現の方向に足を進めることはなく、アイディアのレベルで止まっていた。それをパワーアップして復活させるプランを進めているのだ。
 バスケット型の通貨になっていれば、その中の通貨の価値が下落して為替レートが変動しても、バスケット通貨の中の経済には直接的な影響は及ばない。円の場合には価値を維持しようとすると介入のような形で市場に巨額のお金を入れなければならないが、バスケット通貨システムを導入しておけば、市場の変化に応じて物差しが自動的に変わることで、コストをあまりかけずに資産の価値を維持することができることになる。
 物質とのアナロジーで説明すると、為替レートとは、メートルとヤードなど物差しの単位の変換ルールである。為替レートが変化するということは、物差しの変換ルールが時々刻々変化するようなものであり、それでは、測りたいものの大きさを正確に測ることはできない。しかし、一方で、時価会計基準が世界的な標準になりつつあり、複数の通貨建ての資産の価値を時価で評価することが求められている。バスケット通貨を用いれば、為替レートに依存しない形での物差しを決めることができるようになり、国際会計基準とも整合すると期待されている(細かい点で問題が発生しないかどうかは、今、検討中)。
 バスケット通貨が、今、重要性を増していると思うのは、国債が破綻し、その通貨の価値が急変したような場合でも、この物差しを使っていれば、安定して資産の価値を測りつづけることができる点がまず挙げられる。市場に委ねられている通貨の交換レートに頼っていると集団心理でレートは大きく不安定に変動するが、バスケット通貨にすることによって、通貨の基本的な特性であるものさしとしての機能が回復されるわけである。