ゆらぎがゆらぎをよぶ自己変調過程

 昨日の記事に書いたように、地震には地震をよびよせるメカニズムがある。地震は、地下の岩盤にかかっている応力が脆性破壊によって瞬間的に解放される現象であるが、一か所の応力が解放されると、その周囲の歪の分布が変わり、応力の再分配が起こるからだ。地震が大きければ大きいほど応力の再分配される領域は広くなり、余震の発生する数も範囲も大きくなる。
 実は、似たようなメカニズムが金融市場にもある。ひとつは、取引の発生間隔である。ドル円の交換レートを決めている外国為替市場は、コンピュータネットワークを介して週末以外は24時間連続して取引をしている。しかし、24時間一定の割合で取引しているのではなく、まず、人間の基本的な活動に伴う24時間の周期変動がある。日本時間で明け方6時前後は、世界中の大部分のディーラーが休んでいる時間帯で、取引の発生頻度は最も低い。朝9時になると東京のオフィスアワーになり、取引量は急増する。12時過ぎになると金融市場で働く人達のランチタイムとなり取引量が少し減る。午後1時過ぎからはまた取引が増加し、日本の夕方になるとロンドンの金融市場の人達が働き出し、取引量はさらに増加する。日本での取引は次第に減少するが、夜10時くらいになるとニューヨークのディーラーも入ってきてまた取引量が増加する。ニューヨークのディーラーは、朝早くから働き、昼抜きで働いて、午後早目に家に帰る習慣らしく、日本の未明の頃には取引量は次第に減少していき、一日が終了する。
 このような一日の周期変動に加えて、数分程度の時間スケールの取引の波が発生する。取引数が増えて、レートの変動が速くなると、慌てて取引をするディーラーが増え、取引頻度が増加する。逆に、取引がまばらになり、レートがあまり変動しなくなると様子を見る行動にでるせいか、取引はよりまばらになる。取引が取引をよぶ、というわけだ。このような自発的な取引頻度のゆらぎの時間スケールは、ドル円市場の場合、およそ1−2分であると見積もられている。過去2分間の平均取引間隔で規格化すると、取引の発生間隔はほぼ指数分布になることが確認できる。未来の取引の平均的な間隔が、直近の過去の取引の平均的な間隔によって決まるという自己変調とよばれる効果である。ディーラーには絶対的な時間の基準はなく、自分たちが生み出している取引自体の頻度が時計の役割を担っているというわけだ。
 このような自己変調による取引間隔のゆらぎは、いわゆる1/fゆらぎを発生させる。1/fゆらぎは、脳波のゆらぎや脈拍のゆらぎなどで良く知られたゆらぎであるが、金融市場の取引の自発的なゆらぎでも同様のゆらぎが観測できるし、理論的にもその理由は説明できるのである。
 金融市場の価格の変位幅の大きさも、やはり、ゆらぎがゆらぎをよぶ効果がある。ボラティリティクラスタリングという表現もされているが、価格変動の幅が自己変調的に変動する。このような効果は金融工学でも広く認識されており、ARCHモデルやGARCHモデルではそのような効果を取り込んでいる。
 大地震の応力の再分配に近い金融市場の大変動は、金融市場間の連鎖的な暴騰や暴落において見られる。平静時には、様々な市場の価格変動にはあまり相関はないが、例えば、どこかの市場で大暴落が起こると、次々と世界中の市場に暴落の連鎖が起こる。どれくらいの変動ならば連鎖するのか、それとも連鎖しないのか、という判断基準はまだ明らかになっていない。データは揃ってきているので、そこに焦点を絞って解析をすれば、そのような連鎖の仕組みも、近い将来、解明されていくはずだ。