経済システムを脆性破壊から塑性変形へ

 2008年秋の金融危機以来、私は、経済システムは脆性を有しているという持論を展開しています(2009年3月に東工大で開かれたAPFA7という国際学会で発表し、日本語の原稿としては『情報社会学概論』という本の中にも書いています。秋に東大出版から出る『金融危機とマクロ経済』の中でも詳しく説明しています。)。一言で言えば、既存の経済システムにはガラスのような脆性があり、ある程度までの外的な力に対しては強靭ですが、しきい値を越えると一気に破壊される性質があり、それを回避するためには、システム全体が変形すること力を分散する塑性変形の効果を導入すべきだ、という主張です。これを少し説明します。
 力を加えた時の物質の変形には、元の形に戻るような弾性変形と元に戻らないような塑性変形があります。ガラスは、力が弱いときには弾性変形をしますが、あるしきい値を越える力がかかると突然、破壊しバラバラに壊れます。このような弾性変形から破壊する現象は脆性破壊とよばれます。地震現象も典型的な脆性破壊です。(ちなみに、地震が地殻のある程度以下の深さでは起こらないのは、温度や圧力の関係から岩石が脆性を失い、塑性変形する状態になっているからです。)
 金融機関はお互いにお金の貸し借りをしていますが、約束の期日までにお金を返さないと、その金融機関は倒産したものとみなされ、ただちに全金融機関との取引が停止されるという厳しいルールが世界的にあります。リーマンブラザーズ社が倒産したのも、2008年9月15日に返済する約束のお金を調達できなかったためです。つまり、手持ちの自由に使えるお金が0以下になったら、その瞬間に金融機関は倒産することになるわけです。手持ちのお金が正である範囲では全く問題はないので、この変化はまさに脆性破壊です。そのため、どの金融機関も資金繰りは最優先事項で、手元にあるお金だけで借金を返済できない時は、短期金融市場で他の金融機関から一日だけお金を借りて約束の借金を返し、翌日入金される予定のお金でその借りた分を返す、というようなやりくりをしているわけです。
 もし、この短期金融市場が機能を失うと、お金のやりくりができなくなり、倒産する金融機関が続出することが想定されます。リーマン後にはまさにその状態が起こってしまったため、主要国政府が協調して、金融市場にやりくりに必要な分だけのお金を供給し、脆性破壊の連鎖を食い止めることができました。
 金融機関に限らず、一般の企業にも同様の厳しいルールが適用されています。一般の企業の場合には、2度約束を破るとその時点で、口座凍結と全金融機関との取引停止になるのが日本のルールのようです。2度といっても、資金繰りに失敗した時にはすぐに2度になるので、事実上は、金融機関の場合と同じです。手持ちのお金が底をついたとき、企業は倒産するわけです。
 いわゆる闇金融を擁護するわけではないのですが、通常の金融機関でないところからの借金は、返済が遅れても、全金融機関との取引停止ということにはすぐにはなりません。非常に高い金利やヤクザのような恐い取り立てがあるとしても、返済を待ってもらうことができます。だからこそ、倒産だけは避けたい中小企業などは金融機関でないところからの借金にも手を出してしまうわけです。これも、経済システムの脆性に起因しています。
 例えば、熱いガラスが粘土のように自由に変形するように、物質であれば、温度を上げると脆性を有する物質も塑性変形するようになります。塑性変形では、外力が加わっても全体的に変形するだけで、破壊は起こりません。経済システムにおける破壊である企業の倒産は、せっかくそれまで培ってきたノウハウなどを失い、他の企業とのネットワークにも害を及ぼすことになるので、できるだけ避けることが望ましいと思います。では、社会システムの”温度を上げて”、塑性変形をするようにするには、どうしたらよいのか?
 実は、事前に金利を決めないで事後の業績に連動する金利や不動産の所有権の連続的な移譲などは、そのような塑性変形を導入する試案です。予期できない外的な力はいろいろな形で入ってくるので、それをできるだけ大きな器全体で受け止めて、一か所に歪を蓄積させないようにしよう、という発想です。このような方向性は、まだまだ他にもいろいろと考えられるはずです。5月6日の記事で紹介したノンリコースローン責任財産限定特約付ローン)もそのひとつとみなせると思います。大地震を引き起こす岩盤の脆性を塑性に変えることはほぼ不可能ですが、人間の作り出した社会の脆性を塑性に変えることは、アイディア次第で十分可能なはずです。