ハレーに学ぶ社会・経済に応用する物理学の発想

 ハレー彗星で名を残しているエドモンド・ハレーは、ニュートンとほぼ同時期に活躍した物理学者であるが、現在の社会・経済に潜在的に大きな影響を及ぼす研究もしている。それは、年金制度や生命保険の考え方を提案したことだ。
 当時、世界で初めて、網羅的な国勢調査が実施された。その結果、国全体に、何歳の人間が何人いるのか、という人口分布が観測できるようになった。ハレーは、そこで観測される人口分布が定常的なものであるならば、これから何年後に何歳の人がどれくらい亡くなるか、を推定できることに気がついた。そして、その数値を活用すれば、仕事をリタイアしてから亡くなるまでのおよその年数が計算でき、そのために必要な生活費を見積もることもできる、そして、その分のお金を用意するためには、国全体としてどれくらいの額を用意しておけばよいのかを推定できる。ハレーは、このような年金制度に関するアイディアを論文にまとめて書いており、実際、その後、イギリスでは世界に先駆けて年金制度を導入することができ、国の安定的成長に大きく貢献したという。国全体のお金の流れを考える発想の根源には、天体の運動を考えていた彼流の物理学の発想があったに違いない。
 また、働き盛りの人が亡くなる確率も計算できるので、残された家族の生活をまかなうための費用を見積もることもできる。そのお金をまかなうために、健康な人達からのお金を広く集めておくことによって、運悪く亡くなった人の家族を守る、という新しいお金の流れを想定することができる。これは、今では当たり前の生命保険である。生命保険を実施するためには、データの分析や細かい計算が必要になる。ハレーが実際どこまで生命保険の計算をしていたのかは知識がないが、その後、フーリエ変換で有名なフーリエは、実務として生命保険の計算をしていたという逸話がある。
 人口の分布が観測できるようになったということから、それまでなかった新しいお金の流れを設計し、社会を良くする方向に具体的な方法を提案するハレーの知力はすばらしい。年金制度や保険の制度は、今後、人間社会が持続する限り存続しつづけるのではないかと思われる。そういう視点に立てば、ハレーの年金制度に関する功績は、彗星の発見よりもはるかに重要である。
 ハレーはニュートンとは独立した形で、同時期に万有引力の法則を発見していたという。その発見後、自分よりも若いニュートンが既に同じ結果を得ていたことを知り、ニュートンに本として出版すべきだと勧め、ニュートンはプリンキピアを執筆したという。この逸話からも推測されるのは、人格的にもすばらしい人間像である。物理学者という専門的な職業が確立したのは19世紀以降であり、ハレーの時代は物理学だけでは食べていけなかったはずである。ハレーがどのような人で、どのような生き方をしたのか、今、非常に関心を持っているが、ニュートンのような伝記もあまりなく、全体像がよくわからない。いずれにしても、社会が大きく変わる激動の時代を、物理だけでなく、社会も含めてあらゆることに頭脳を活かしていたに違いない。