ニュートンの晩年は造幣局長官

 ニュートンの物理学と数学への貢献を知らない人はいないが、彼が造幣局長官として英国の経済の発展に大きな寄与をしたことを知る人はそれほど多くないのではないだろうか?
 大学教授の職に疲れて50代半ばから造幣局に転職し、貨幣の鋳造の責任者になったニュートンは、当時、大きな社会問題になっていた偽造コインの防止に注力した。結果的には偽造コインを一掃し、経済の立て直しに成功したのであるが、そのためにとった方針は次の3つであった。
1:貨幣偽造者の処罰
2:コインの製造方法の改良
3:金本位制の導入
このうち、1に関しては誰でもできることなので、特にコメントの必要はないだろう。
2に関しては、あまり広く知られていないようであるが、100円玉などの周囲にあるギザギザを導入したのはニュートンの寄与であるらしい。当時のコイン偽造の主要な方法は、コインの周囲を1−2ミリくらいぐるっと削り取り、それを溶かして、あらたなコインを作るというものだった。コインの両面の図柄は、表の模様と裏の模様の凹凸を逆にした硬い型を用意しておき、熱く柔らかい金や銀を挟み込み、ハンマーでたたいて作っていた。上下から押し付けられてはみ出た周囲の部分は、本物のコインでも単に削り取られていたわけである。本物でも周囲は削り取られていたのであるから、それをさらに1ミリ程度削ってもほとんど大差なく本物として使え、そして、本物から型をとってハンマーで成型すれば、コインの偽造は用意だったのだ。
 ニュートンは、圧力を掛けて上下の模様を作る時に、同時に周囲にギザギザを作る装置を開発させた。そして、その方法は門外不出として、ギザギザ付きのコインを市場に流通させたのである。これによって、コインの周囲を削る贋金製造は駆逐された。
 当時は、世界的に通用していた貨幣は、金と銀だった。どちらも貨幣として使われていたのであるが、ニュートンは、世界に先駆けて金本位制を導入した。正式に金本位制が導入されたのは、19世紀であるが、いわば、デファクトスタンダードとしての金本位制は、ニュートン以来本格化したのである。その後、金を貨幣の基軸とする金本位制は、1971年にニクソン大統領が金本位制を停止するまで、二百数十年続いたことになる。
 ニュートンが意図的に金本位制を導入したのかどうかについては、いろいろと議論があるらしい。しかし、ニュートン造幣局長官をしているときに導入された金貨と銀の交換レートが市場のレートに比べて割安だったこともあり、銀貨を潰して銀の塊にして金貨と交換する方が得だったので、銀貨の流通は激減し、事実上、金が標準のコインになったのである。
 ニュートンが銀貨を駆逐することまで想定していたのかはわからないが、当時、ニュートン錬金術に没頭していたことは歴史的事実である。私は、科学者としての思考法から考えれば、ニュートン錬金術に没頭した理由がよくわかる。金と銀とどちらが通貨にふさわしいかという問題を考えるためには、どちらの物質がより安定で、他の物質から作ったり、他の物質に変わってしまうような性質がないのかを知ることを第一にすべきことだからである。当時の科学のレベルでは、物質の化学的な変化を研究する唯一の方法はアラビア半島で発達し、魔術にも近いと思われていた錬金術だった。錬金術を通して、金の方が銀よりも化学的にははるかに安定であることはすぐにわかったはずである。化学反応が本当の科学になるのは、100年後であり、当時は、まだ、水と土と空気と火であらゆるものが作られているという紀元前の思想が蔓延していた。金といえども、水と土と空気と火で作り出すことができると信じられていたのであるから、それが可能かどうかを自分なりに徹底的に調査する、というのは通貨の番人を任された科学者としては当然のことと言えるからだ。私は、俗にいわれているように、ニュートンが金に目がくらんで錬金術にはまったのではないと思っている。
 Wikipediaなどをみても、彼の研究分野に錬金術はあるが、貨幣偽造防止方法の開発、金本位制の導入、などの記載がないのは残念だ。彼が、晩年、貴族になった主たる理由は、物理学や数学の貢献ではなく、英国の経済発展への貢献であったらしい、という話もある。また、今後、コインが使われ続ける限り、コインの周囲のギザギザは使われ続けるだろう。もう少し、彼の晩年の経済学的な貢献をきちんと評価しなおすべきだと思う。