大航海時代の追加話題:外国為替システムを構築したメジチ家

 大航海時代に関連して、もうひとつ紹介したい話題は、ルネサンスパトロン、メジチ家である。メジチ家は銀行業で財をなしたのであるが、金利を付けてお金を貸していたわけではない。当時、金利で儲けることは、神にそむく大罪だったから、そのような方法では巨額のお金を堂々と儲けることはできなかった。なぜ、金利がそのような罪として認識されていたのかと言えば、それは時間という神の所有物を横取りする行為だと解釈されていたからである。お金をある人に貸す、そして、時間が経ったらそのお金を増やして返してもらう、という時間を利用した利益を得る行為が、神のみの所有物である時間を盗んだものとして広く理解されていたらしい。
 メジチ家が利益をあげたのは、まずは、両替商だった。基軸通貨などない時代であるから、国や地域ごとに異なる通貨を使っており、国をまたがる交易をするためには、通貨の交換が不可欠である。通貨の交換のときに売値と買値に差を付けることは別に犯罪ではなかった。江戸時代の日本でも藩ごとに通貨が異なっていたので、両替商は大きな利益を得ていたようであるが、メジチ家は何百年か前にそれを実現したのである。
 両替商の発展形が外国為替である。商人など国から国にお金を持って移動する必要のある人にとっては、山賊なども多い時代であるから、大金を持ち歩くことには大きなリスクがあった。また、国を横切るごとに大金を両替するのは目減りすることも心配である。そのようなニーズに答えてメジチ家が開発したのが、外国為替システムだった。まず、遠く離れたメジチ銀行同士で強力なネットワークを構築した。旅行者は、ある町のメジチ銀行にお金を預ければ、その証文を持って別の町のメジチ銀行に行くと、その証文に記載されている金額を現地の通貨、あるいは、金や銀で受け取ることができるようになったのである。これが世界で最初の外国為替システムかどうかは知らないが、外国為替で巨額の富をなした最初の例であることは間違いない。
 偽の証文を排除する決め手は、サインだったらしい。各支店間では情報を密にとり、お互いの責任者のサインを間違いなく識別できるように訓練していたのである。戦国時代の日本でも、大名同士の手紙には花押を付けて偽造防止をしていたが、それと同じ方法である。
 外国為替の利点は、それぞれの支店に十分な蓄積があれば、実際に遠隔地までお金や金を移動する必要がないので、盗難などのリスクを回避できることである。お金を運ぶコスト分を手数料として上乗せすることは、神にそむくことではなかったので、メジチ家は堂々とお金を儲けることができた。さらに、当時は、キリスト教徒は全て喜んでローマ教皇にお金を貢ぐ習慣があったので、メジチ家は、教皇ご用達の外国為替商となり、権力と富を集約させることとなっていった。
 イタリア国内では圧倒的な力を持ったメジチ家であるが、イタリアは大航海時代には乗り遅れ、経済の中心は次第に、オランダ、ポルトガル、スペイン、イギリスなどの国に移り、神の信仰も弱くなり、メジチ家は衰退していく。しかし、国と国の貿易は盛んになり、メジチ家が開発した外国為替システムそのものは、発展を続け、今日に至っている。
 現在の外国為替システムはメジチ家の時代と比べれば、完全に空想科学小説の世界だ。24時間動き続けるコンピュータネットワークを介して、1000分の1秒を競って100万ドルを単位とする取引の注文が世界中の金融機関からの自動売買アルゴリズムによって発信されている。一日の取引量は、日本の年間の国家財政の3倍を越える。外国為替市場は、円やドルを交換するレートを決める市場として認識されているが、その根本的な構造は、取引が成立した銀行間の送金であり、文字通り、国をまたがる送金の方法である外国為替なのである。見かけ上、全く違うものに進化しているが、遠隔地のお金を安全に輸送する方法として考案されたメジチ家の発想は今も活きているわけだ。