コンピュータの進化と経済物理と半導体の歩留まり解析

 昨日は、日本学術振興会のシステムデザイン・インテグレーション委員会というところで、「経済物理学のデータ解析と製造工程管理への応用」という題で話をしてきた。この委員会は、主に半導体の専門家が次世代の半導体のチップの集積方法やデザインの仕方について議論する場である。これまでは、とにかく小さくしてたくさん詰め込むだけでよかった半導体の設計が、この何年か、岐路に立たされているという。まだまだやろうと思えばかなりいろいろなことができる半導体技術であるが、そもそも市場はどのような次世代の半導体を必要としており、それを実現するためには、どのようなシステム設計をして既存技術を集約させればよいのか、その大きな目標が見えにくくなっているのだ。
 委員会での報告を聞いている中で、私は、自分が大学4年生の頃、名古屋大学のプラズマ研究所の世界最高峰のスパコンを使ってプログラムを作り始めた頃、いっしょに勉強していた友人たちとした会話を思い出していた。「きっと将来は、このスパコン並みの計算機が一家に一台入るようになるんだよね。そうなったらどんな計算をするんだろうね。」
 今、ノートパソコンの能力は、CPUでもメモリでもハードディスクでも当時のスパコンをはるかに超えている。いやおそらく携帯電話でも当時のスパコン以上の能力があるだろう。10年間で100倍から1000倍も能力があがっているコンピュータ業界であるから、30年前と比べれば100万倍には進化しているはずだ。当時、何百人もの人がよってたかってありがたく使っていたスパコン以上の能力を持つコンピュータを、現在の人は、ひとり一台以上持つようになっている。しかし、明らかに私たちの能力は100万倍にはなっていない。
 計算機の能力アップの恩恵を最も受けているのが、実は、金融の世界だ。20年前は、人間が集まって「売った!買った!」とどなりあっていた金融市場は、今は、コンピュータネットワークを介して世界中から絶え間なく注文が入るようになり、それをサーバーコンピュータが静かに処理している。コンピュータを通った情報は全てハードディスクの中に保存されており、取引される前のいわゆる板情報まで含めて全ての注文情報が今では観測可能になった。しかも、そのようなリアルタイムで価格が動く市場で扱う商品は100万種類を越えるのだ。
 経済物理学がターゲットにしているのは、まさに、この膨大で詳細なデータである。科学の歴史を振り返れば明らかなように、観測技術が進歩したところに、新しい科学が誕生している。金融や経済、さらには、人間の集団的な社会行動が今後普通の科学の枠に乗るようになるのは、私は間違いないと踏んでいる。
 私の提供した話題、製造工程管理は、私がこの数年取り組んできた半導体工場のデータ解析に基づく歩留まりの改善の報告である。現在の半導体工場は、工場全体がひとつのロボットになっており、全ての管理データがコンピュータの中に残されている。ここにある膨大なデータを分析すれば、究極のモノづくりを実現できるはずと期待し、いろいろとできることを進めている。半導体工場では、1%歩留まりを上げるだけで、月1億円程度のコストカットになる。そこに少し人と頭脳を注入するだけで、年間では何十億円という単位のコストカットが実際に実現できるのだ。ものを作る経済活動をどれくらい科学の目が改善できるか、ここにもおもしろい問題が山積みになっている。