無駄減らしの効果を普及させる方法:1%の直接還元はどうだろう?

 歩留まりの改善は、地味な作業である。画期的な新しい商品を作るわけではなく、既存の商品を製造するための無駄を減らしてコストカットをするだけだから。しかし、その効果は実は非常に大きい。
 新しい商品を開発して、大きなヒットを産めば、桁違いの大きな利益が期待されることはいうまでもない。しかし、新しい商品を開発するには、研究開発のコストがかかり、初めてのものを製造するにも設備を新しく作り直さなければならない。また、実際に販売を始めても期待通りに大きなヒットになるかどうかの保証は全くない。一通りものやサービスが満ちている現在の社会で、確実なヒットが期待できる商品などほとんど望めない。
 企業の売上や所得のデータをみると、入って来たお金である売上から経費として出て行ったお金を差し引いた所得は、おおよそ売上の5%程度である。つまり、100万円のものを売ったとしても、材料費や従業員への給与などを払った後で企業に残るのは5万円程度であり、さらに、そのうちのおおよそ半分は税金で抜けていく。ものによっては、そもそも売れても実は利益はほとんどでない、という場合も多い。いくら働いても豊かにならないという状況だ。
 これと比べると、歩留まり改善などの無駄減らしによって浮いた経費は、他で目減りすることはないので、100%所得に寄与することになる。100万円の無駄減らしはそのまま100万円の所得上昇になる。無駄をなくすことは、売上を増やすことよりも数十倍も効果が大きいのだ。
 具体的な数字をあげると、大規模な半導体工場では、大雑把に言えば、1%の歩留まりアップで毎月1億円程度のコストカットになる。しかも、その効果は、同じ商品を作り続ける限り継続する。私が最初に取り組んだCellチップの場合でも、週1日のミーティングを1年程度継続した結果として何%かの歩留まり向上に寄与することができたので、結果としては、その時の私の労働の価値は、一日1億円を越えていたことになるかもしれないのだ。さらに、歩留まり改善はゴミを減らすことでもあり、エネルギーを節約することでもあり、いいことずくめといってもよい。
 新商品を開発し、販売活動を積極的に行うことはもちろん企業として必要だが、その数十倍の効果を持つ無駄減らしは、企業の中のあらゆるところで、もっと推進すべきだ。新しい商品づくりにつながる特許に関しては、特許料などの形で発明者への直接的に還元される仕組みは社会としてある程度できているが、コストカットに対する評価方法は全く定まっていない。企業によって扱いはまちまちだろうが、表彰状や微々たる一時金という程度の所がほとんどなのではないだろうか?
 例えば、無駄を見つけ、無駄減らしが実現できた場合には、それによって浮いた利益の1%程度を寄与した人に直接還元する、というような社会的なルールを作ったらどうだろうか?1億円の無駄減らしをしたら、100万円のボーナスを支給するのだ。会社としては、それでも、9900万円の利益になるのだから、全然悪い話ではないだろう。難しいのは、コストの見積もりと分配だろうが、別にそれほど正確さにこだわる必要はない。大切なのは、社員が競い合って、自主的に無駄を見つけて減らそうとする動機づけができるかどうか、である。
 これは、家庭や公共事業などにも当てはめることができる。子供が家庭内での無駄を見つけたらおこずかいを増額し、税金の無駄遣いを見つけたら謝金を払うようにするのだ。多くの人が競い合って、無駄を見つけるようになり、国全体の無駄を減らすことにつながるはずだ。
 ひとつ気をつけなければいけないのは、無駄を減らすということが行き過ぎて、いざというときへの備えまで削ってしまうことがないようにすることである。昨日の朝日新聞の夕刊に、原子炉事故の時のために国が30億円かけて開発させた原発無人ロボットを、東京電力は、「事故は起きないからロボットは不要」ということで結局破棄してしまった、という記事があった。一方、ドイツやフランスでは、1999年の東海村での放射線被爆事故以来、ロボットを配備し、毎年訓練もしているという。このようなおろかなことはしないように、何が無駄で何が必要かは吟味が必要であるが、無駄減らしの1%直接還元を社会の基本ルールにすることで、世の中の流れが変わっていくのではないか、と夢想している。