通貨の非線形性

拙著「エコノフィジックス日本経済新聞社)」や「経済物理学の発見(光文社)」にも既に書いていることであるが、通貨の非線形性について、改めて、指摘したい。
 非線形性とは、1+1は2ではない、という性質である。1万円+1万円と2万円とでは、もちろん額面では同じであるが、その経済的な価値が違う。例えば、回数券は10枚の価格で11枚買うことができる。また、同様にビールなども箱単位でまとめ買いすることで割安になる。これらの例では、売り手側としては顧客をロックインするメリットや販売の手間の節約の分のコスト分で値引きされるわけであり、買い手側としては、他の用途に使うことができるお金を先払いするディメリットと紛失するリスクを加味しても特になるかどうか、を判断の基準とすることになる。いずれにしても、結果としては、バラバラで買うよりもまとめ買いすることで多くのものを購入することができることになり、お金の価値としては、1万円+1万円<2万円、というような不等式が成立することになる。
 一般に、このように、お金には集まるとバラバラのとき以上に価値が生まれる性質があり、それは、おそらく極めて普遍的な特性である。それゆえ、国の東西を問わず、時代を超越して、社会が豊かになってくると、どこかに巨額のお金が集まる組織が生まれ、社会を動かす原動力になってくる。引力によってものが引き付け合い集まってくるかのように、お金を主体として見ると、お金には自発的に集まる特性があり、人間はいろいろな形でそれを手助けしているだけ、というようなお金中心の世界が想定できる。私が狙っているのは、まさに、このお金の世界の中の基本的な規則や法則を見出すことだ。人間の世界の規則を変えることで、お金の世界も当然影響を受けるが、それでも変わらないような普遍的なものがあるに違いない、というのが研究者としてのカンである。
 お金は、金額によって、その特性が大きく変わる。その特性は、およそ4ケタごとに分類することができる。1万円以下の現金が中心のお金、1万円から1億円までの個人の銀行口座が中心のお金、1億円から1兆円までの企業が扱うお金、1兆円以上の国家レベルのお金である。この中で、最もお金の世界の動きが重要な役割を演じるのが、1億円から1兆円レベルのお金である。例えば、世界の中で最も沢山のお金が流れている外国為替市場では、取引の単位が100万ドルで約1億円である。
 企業は、出資者などからお金を集めて活動をすることで、元のお金以上のお金を集め、流すような組織である。人間主体で考えれば、人が働いて社会的な価値を生み出すことによって社会の中のお金が増えるのであるが、お金主体で考えれば、集まったお金が非線形効果によって新たなお金を生み出すという見方ができる。このようなお金を生み出す効果は、おそらく1億円から1兆円程度のお金の領域で最も強くなると考えられる。投資や融資によるお金が有効に使われ、社会の価値を高めることを生み出すことが、その裏付けである。(このような見方を定量的にデータから裏付けるような研究も将来的には狙っている)。
 金利の根本的な問題は、金利がお金に対して一様にかかることである、という見方もできる。例えば、実際には運用の仕方に困るような100兆円のお金にも、1万円のお金にも、1億円のお金と同じような金利を付けることに、お金の非線形性を無視した無理がある。1万円のお金は運用して増やす方法はあまりないので金利はなし、1億円はいろいろ可能性の高い運用が可能なのでプラスの金利、100兆円ともなるとまた運用の方法がないので金利はなし(むしろ目減りする可能性もあるのでマイナスの金利)、というように金額に応じてお金の特性を考慮した対応をすることが、たぶんお金の世界法則に素直にしたがった考え方である。それを一律にしてしまうことによって、いろいろなところに歪が発生するのだ。